こんにちは、ニーチェです。(偽物)
【超訳 ニーチェの言葉】について、書いていきたいと思います。

基本情報
タイトル | 超訳 ニーチェの言葉 |
著者
翻訳 |
フリードリヒ・ニーチェ
白鳥 晴彦 |
出版社 | ディスカヴァー・トゥエンティワン |
発売日 | 2010.1.12 |
ページ数 | 272ページ |
この本はニーチェの著書から抜き出した言葉を著者が自己流の解釈(超訳)を添える、という形で構成されています。
アマゾンのレビューとかを覗いてみると、結構辛辣な意見がちらほら見受けられますが、僕は結構好きですw
100年以上前の時代の言葉ですが、現代に生きている人たちに通ずるものばかりでした。
その中からいくつか気に入ったものを紹介していきたいと思います!
ニーチェのパンチライン
始めるから始まる
すべて、始めは危険だ。しかし、とにかく始めなければ始まらない。
当たり前のことですが、メチャクチャ大事。
実際に僕がブログを始めるか悩んでいるときも、この言葉が脳裏によぎりました。
今、何かに挑戦したい人や、それこそブログを立ち上げようか悩んでいる人へこの言葉を送りたいですね!
高まるために捨てる
人生はそれほど長いものではない。夕方に市が訪れても何の不思議もない。だから、わたしたちが何かをなすチャンスは、いつも今この瞬間しかないのだ。
そして、その限られた時間の中で何かをなす以上、何かから離れたり、何かをきっぱりと捨てなくてはならない。しかし、不必要なものは自然と自分から離れていくからだ。あたかも、黄色くなった葉が樹木から離れ去るかのようにだ。
そうしてわたしたちはさらに身軽になり、目指す高みへとますます近づいていくことになるのだ。
自分の時間を遮るもの、娯楽の類、高まるために必要のないものを日常生活の中で多く抱え込んでしまっている。
「欲求や感情を整理し支配する」短い人生で自己実現するためには必要なのだろう。
強くなるための毒や悪
天高くそびえようとする樹木。そういう木々が成長するために、ひどい嵐や荒れる天候なしにすますことができるだろうか。
稲が実るために、豪雨や強い陽射しや台風や稲妻はまったく必要のないのだろうか。
人生の中でのさまざまな悪や毒。それらはないほうがましで、ないほうが人は健全に強く育つのだろうか。
憎悪、嫉妬、我執、不信、冷淡、貪欲、暴力。あるいは、あらゆる意味での不利な条件、多くの障害。これらはたいていうとましく、悩みの種になるものだが、まったくないほうが人は強い人間になれるのだろうか。
いや、それら悪や毒こそが、人に克服する機会と力を与え、人がこの世を生きていくために強くしてくれるものなのだ。
いやーー。痺れますねw
アルバイトをするようになって社会と接する機会が増えた僕は、この言葉を何度も反芻して自分の思考に生かしています。
考え方次第で、人からの毒や悪、そして内から湧き出てくる毒や悪も、成長のための栄養になるわけですね!
物事の完成まで待つ忍耐を持つ
才能や技量に恵まれていても、物事を完成させることができない人がいる。彼は時間を信じて完成を待つことができない。自分が手をかけさえすれば、どんなことでも完成すると思っているのだ。そのため、いつも中途半端な結果で終わってしまう。
仕事の遂行においても作品の制作においても、じっと取り組むことが肝心だ。性急に取り組むほど早く完成するというわけではないからだ。
したがって、物事を完成させるには、才能は技量よりも、時間による熟成を信じながら絶えず歩んでいくという気質が決定的な役割を果たすのだ。
この本の中で一番刺さりました。
僕はいつも中途半端な人間でした。高校受験、大学受験、そして浪人と。。
でも、新たに始めたこのブログだけは粘り強く続ける。その決意を固くしてくれる、そんな名言でした。
まぁ、ぶっちゃけ、1,2年でバイト代を超えるほどの収益になることなんて期待していないんですけどねw
ですので、これを見ているブログ仲間がいましたら、一緒にどこまでも頑張りましょう!!!
絶えず進んでいく
「どこから来たか」ではなく、「どこへ行くか」が最も重要で価値あることだ。栄誉は、その点から与えられる。
どんな将来を目指しているのか。今を超えて、どこまで高くへ行こうとするのか。どの道を切り拓き、何を創造していこうとするのか。
過去にしがみついたり、下にいる人間と見比べて自分をほめたりするな。
夢を楽しみにそうに語るだけで何もしなかったり、そこそこの現状に満足してとどまったりするな。
絶えず進め。より遠くへ。よりも、高みを目指せ。
レペゼン・ニート、
さらに向こうへ、
Plus Ultra!!
|
おわりに
いかがだったでしょうか?
少しでも皆さんの心を動かせたなら幸いです。
それではまた次回も、何卒。
コメントを残す